箏(こと)や三味線を練習する際、多くの場合チューナーで音を取ります。しかし、市販のチューナーでは日本の伝統楽器特有の調弦体系や音名表記に対応していないことがあります。
本記事では、箏・三味線の調弦(調子)の仕組みを整理するとともに、和楽器の練習に特化した「調弦周波数表」ツールを作成しました。その機能と背景にある音楽理論について記録します。

三味線の調弦(基本三調子)
三味線には「本調子」「二上り」「三下り」という3種類の基本的な調弦があります。これを「基本三調子」と呼びます。三味線の調子では絶対的な音は決まっておらず、一の糸の音高(基音)を決めてから、そこからの相対的な音程で他の弦を調弦します。
本調子(ほんちょうし)
三味線の最も基本となる調子です。各弦の音程関係は以下の通りです。
- 一の糸と二の糸の間:完全4度(5半音、約498セント)
- 二の糸と三の糸の間:完全5度(7半音、約702セント)
- 一の糸と三の糸の間:完全8度(オクターブ、12半音、1200セント)
例えば一の糸をD(壱越)とすると、二の糸はG(双調)、三の糸は1オクターブ上のD(壱越)となります。
二上り(にあがり)
本調子から二の糸を全音(2律=2半音)上げた調子です。名前の通り「二の糸が上がる」調弦です。
- 一の糸と二の糸の間:完全5度(7半音、約702セント)
- 二の糸と三の糸の間:完全4度(5半音、約498セント)
一の糸がDの場合、二の糸はA(黄鐘)、三の糸はDとなります。民謡や津軽三味線で多用され、力強く華やかな響きが特徴です。
三下り(さんさがり)
本調子から三の糸を全音(2律=2半音)下げた調子です。
- 一の糸と二の糸の間:完全4度(5半音)
- 二の糸と三の糸の間:完全4度(5半音)
- 一の糸と三の糸の間:短7度(10半音、約996セント)
一〜二間と二〜三間がどちらも完全4度という点が特徴です。哀愁のある曲調や、しっとりとした雰囲気の曲に適しています。
六下り(ろくさがり)
地歌の「茶音頭」という曲でのみ用いられる非常に特殊な調弦です。各弦の音程関係は以下の通りです。
- 一の糸と二の糸の間:完全4度(5半音、約498セント)
- 二の糸と三の糸の間:長2度(2半音、約204セント)
- 一の糸と三の糸の間:完全5度(7半音、約702セント)
例えば一の糸をD(壱越)とすると、二の糸はG(双調)、三の糸はA(黄鐘)となります。この独特の音程配置が茶音頭特有の雰囲気を作り出しています。
箏の調子
箏の調弦は三味線よりも複雑で、13本の弦それぞれの音程を決める必要があります。弦の名前は低い方から「一(いち)、二(に)、三(さん)、四(し)、五(ご)、六(ろく)、七(しち)、八(はち)、九(く)、十(じゅう)、斗(と)、為(い)、巾(きん)」と呼びます。
平調子(ひらぢょうし)
箏の最も基本的な調子です。江戸時代初期に八橋検校(1614-1685)が考案したとされています。それまで雅楽で用いられていた律旋法ではなく、「陰旋法」を箏曲に導入することで、当時の庶民に親しまれていた音階に近づけました。陰旋法は都節音階に近く、半音を含む独特の響きを持ちます。
※陰旋法とは:雅楽の陽旋法(呂旋法)から、第2音(商)と第5音(羽)を半音下げた音階体系。江戸時代に庶民の音楽として広まった都節音階に近い響きです。
一の弦を基準(0半音)とした場合、各弦の音程は以下の通りです:
| 弦 | 一 | 二 | 三 | 四 | 五 | 六 | 七 | 八 | 九 | 十 | 斗 | 為 | 巾 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 半音数 | 0 | 5 | 7 | 8 | 12 | 13 | 17 | 19 | 20 | 24 | 25 | 29 | 31 |
| D基準 | D | G | A | B♭ | D | E♭ | G | A | B♭ | D | E♭ | G | A |
五の弦は一の弦の1オクターブ上、十の弦は2オクターブ上となっており、オクターブごとに同じ音階パターンが繰り返されます。
雲井調子(くもいぢょうし)
平調子から派生した調子で、以下の変更を加えます:
- 三と八を半音下げる
- 四と九を全音上げる
都節音階に近い響きとなり、平調子よりも明るい印象を与えます。「六段の調」などで使われます。
中空調子(なかぞらぢょうし)
平調子から以下の変更を加えた調子です:
- 六と斗を半音上げる
- 七と為を全音下げる
独特の浮遊感のある響きが特徴で、調子名の「中空(なかぞら)」は空中を漂うような雰囲気を表しています。
乃木調子(のぎぢょうし)
明治時代に宮城道雄が考案したとされる比較的新しい調子です。平調子から四と九を半音上げ、六と斗を半音上げます。中空調子と同じ音列になることもありますが、解釈や使い方が異なります。
半雲井調子(はんくもいぢょうし)
名前の通り「半分だけ雲井調子」という意味で、13本のうち一から七までは平調子、八から巾までは雲井調子のパターンになっています。2つの調子の特徴を併せ持ちます。
楽調子(がくぢょうし)
「楽」は雅楽の「楽」を指し、平調子が考案される以前から使われていた古い調子です。雅楽の呂旋法に近い音階となっており、平調子から四と九を全音上げ、六と斗を半音上げます。荘厳で格調高い響きが特徴です。
古今調子(こきんぢょうし)
独特の音列を持つ調子で、平調子から四と九を全音上げ、二と七を同じ音にします。琴古流尺八の楽曲でも用いられることがあります。
十二律と壱越調
日本の伝統音楽では、西洋音楽の「ドレミファソラシド」とは異なる音名体系が使われてきました。雅楽で用いられる「十二律(じゅうにりつ)」がその代表です。
十二律一覧
十二律は中国から伝来した音律体系で、1オクターブを12の音に分けています。日本では以下の名前で呼ばれます:
| 西洋音名 | 十二律 | 読み | 備考 |
|---|---|---|---|
| D | 壱越 | いちこつ | 雅楽の基準音 |
| D# | 断金 | たんぎん | |
| E | 平調 | ひょうじょう | 箏の「平調子」の由来 |
| F | 勝絶 | しょうぜつ | |
| F# | 下無 | しもむ | 「下の無い音」の意 |
| G | 双調 | そうじょう | |
| G# | 鳧鐘 | ふしょう | |
| A | 黄鐘 | おうしき | 西洋のA音に相当 |
| A# | 鸞鏡 | らんけい | |
| B | 盤渉 | ばんしき | |
| C | 神仙 | しんせん | |
| C# | 上無 | かみむ | 「上の無い音」の意 |
「上無」と「下無」は、それぞれ五音音階において「上(=高い方)の音がない」「下(=低い方)の音がない」という意味で、雅楽では基本的に使用されない音です。
壱越調と黄鐘調
雅楽では「壱越調」「黄鐘調」「平調」「双調」「盤渉調」「太食調」という6つの調子があり、基準となる音の名前を冠しています。
三味線や箏でも、一の糸(または一の弦)の音を十二律で指定することがあります。例えば:
- 「1本の本調子」= 一の糸がA(黄鐘)の本調子
- 「2本の本調子」= 一の糸がA#(鸞鏡)の本調子
- 「3本の本調子」= 一の糸がB(盤渉)の本調子
- 「4本の本調子」= 一の糸がC(神仙)の本調子
このように「○本」という言い方は、黄鐘(A)を1本として半音ずつ上がっていく数え方です。
雅楽の基準ピッチ
雅楽では伝統的に黄鐘(A)= 430Hzで調律されます。これは西洋音楽の標準ピッチA = 440Hzより約40セント(約0.4半音)低い音程です。
現代の邦楽器では A = 440Hz を使うことも多いですが、雅楽の合奏や古典の演奏では伝統的な低めのピッチが好まれることがあります。今回作成したツールでは、438Hz〜444Hzまで基準ピッチを変更できるようにしました。
純正律と平均律
今回作成したツールでは、「平均律」と「純正律」を切り替えられるようにしました。この2つの音律の違いについて詳しく解説します。
平均律(Equal Temperament)
現代の西洋音楽で最も広く使われている音律です。1オクターブを12等分し、隣り合う音の周波数比がすべて等しくなるよう設計されています。
平均律の周波数計算式は以下の通りです:
- 隣接音の周波数比:2^(1/12) ≒ 1.0594631
- n半音上の音の周波数 = 基準音 × 2^(n/12)
主要な音程の平均律での値:
| 音程 | 半音数 | 平均律の周波数比 | セント値 |
|---|---|---|---|
| 長2度 | 2 | 1.1225 | 200 |
| 長3度 | 4 | 1.2599 | 400 |
| 完全4度 | 5 | 1.3348 | 500 |
| 完全5度 | 7 | 1.4983 | 700 |
| 長6度 | 9 | 1.6818 | 900 |
| オクターブ | 12 | 2.0000 | 1200 |
長所:どの調でも同じ音程関係が得られるため、転調が自由にできます。ピアノなど固定音高楽器に適しています。
短所:和音の響きがわずかに濁ります。特に長3度は純正な比率から約14セント高く、注意深く聴くとうなりが感じられます。
純正律(Just Intonation)
周波数比が整数比となる「純正音程」のみで構成される音律です。整数比の和音は倍音が一致するため、うなりが生じず澄んだ響きが得られます。
純正律の主要な周波数比:
| 音程 | 純正律の周波数比 | 小数値 | セント値 | 平均律との差 |
|---|---|---|---|---|
| ユニゾン | 1/1 | 1.000 | 0 | 0 |
| 短2度 | 16/15 | 1.067 | 112 | +12 |
| 長2度 | 9/8 | 1.125 | 204 | +4 |
| 短3度 | 6/5 | 1.200 | 316 | +16 |
| 長3度 | 5/4 | 1.250 | 386 | -14 |
| 完全4度 | 4/3 | 1.333 | 498 | -2 |
| 増4度 | 45/32 | 1.406 | 590 | -10 |
| 完全5度 | 3/2 | 1.500 | 702 | +2 |
| 短6度 | 8/5 | 1.600 | 814 | +14 |
| 長6度 | 5/3 | 1.667 | 884 | -16 |
| 短7度 | 9/5 | 1.800 | 1018 | +18 |
| 長7度 | 15/8 | 1.875 | 1088 | -12 |
| オクターブ | 2/1 | 2.000 | 1200 | 0 |
長所:整数比に基づく和音は倍音が一致し、うなりが生じません。合唱やアンサンブルで美しい響きが得られます。C-E-Gの三和音は4:5:6という単純な比になります。
短所:基準音を変えると音程関係が崩れるため、転調が困難です。また、D-Aの音程が純正完全5度(3/2)より狭くなるなど、音の組み合わせによっては響きが悪くなることがあります。
セント値について
「セント」は音程の大きさを表す単位で、1オクターブ = 1200セントと定義されています。平均律では半音 = 100セントとなります。
セント値の計算式:セント = 1200 × log₂(周波数比)
人間の耳で音程の違いを聴き分けられる限界は、訓練された音楽家で約5セント、一般の人で約20〜25セント程度と言われています。純正律と平均律の差は最大で約18セントなので、注意深く聴けば違いがわかる範囲です。
邦楽と音律
箏や三味線は演奏中に微妙なピッチ調整ができる楽器であり、文脈に応じて純正律的な音程を取ることがあります。特に和音を弾く際には、自然と純正な響きに寄せることが多いようです。
一方で、チューナーで調弦する際は平均律が基準となることがほとんどです。今回のツールでは、両方の音律での周波数を確認できるようにしました。純正律モードでは、選択した基音を基準として各音の周波数が計算されます。
作成したツールの機能
調弦周波数表
以下の機能を実装しました:
- 基準ピッチの変更:A4 = 438Hz〜444Hz に対応。オーケストラや吹奏楽との合奏時など、様々なピッチに対応できます。
- 純正律/平均律の切り替え:ドロップダウンで選択可能。純正律では基音からの相対音程で周波数を計算します。
- 三味線の調弦:本調子、二上り、三下り、六下りに対応。基音を選択すると各弦の周波数が自動計算されます。
- 箏の調子:平調子、雲井調子、中空調子、乃木調子、半雲井調子、楽調子、古今調子の7種類に対応。
- 基音表示:西洋音名(C, D, E…)と十二律(神仙、壱越、平調…)を併記。伝統的な呼び方も確認できます。
- 音の再生:各音をタップすると基準音を再生。Web Audio APIを使用しており、オフラインでも動作します。
その他の音楽ツール
- チューナー:マイクで音を拾って音程を表示するシンプルなチューナー
- メトロノーム:任意のテンポでクリック音を再生
- BPMカウンター:タップしてテンポを測定
すべてのツールはブラウザだけで動作し、オフラインでも使用可能です。
参考サイト
本記事およびツールの作成にあたり、以下のサイトを参考にしました。


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まとめ
箏や三味線の調弦は、西洋音楽とは異なる体系に基づいています。平調子や本調子といった調弦法、十二律の音名表記、そして純正律と平均律という音律の違い――これらを理解することで、より深く日本の伝統音楽を楽しめるようになります。
今回作成した調弦周波数表は、こうした知識を実践に活かすためのツールです。オフラインでも動作するため、練習の際に活用できます。
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